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SHIO BEAT

櫻井翔くんだいすき芸人のブログ

抱え込んだまま行こう

今日の発言が誤解されようと、来年の活動が評価されなかろうと、些細なことなんだと思う。そこで離れていく人がいても、華々しい20周年があればそれでいい。今、荷物をたくさん抱えて1年先までしか走れないんだとしたら、その荷物を捨ててでも、10年、20年走りたい。

っていうのが、2年前の翔くんの発言です。




よくTwitterとかで見かける「わたしのジャニヲタ遍歴」的なアレ、わたしがやったらものすごいつまんなくなるんですよね。

「小4で櫻井担になる〜現在」。以上。

このブレなさはわたしの自慢でもあったのですが、今年の頭、はじめて、ほんのちょっとグラつきました。降りるとかそれほどではないけど、ていうか降り先ないし、たぶんほんのちょっとのブレなんだけど、はじめてだったから動揺したのよね。

そのとき支えにしていたのが冒頭の言葉です。15周年が想像していたものの何倍も宝物になったから、20周年はこれ以上のものが味わえるんだと思ったらやめられるわけないじゃんって。


ところがどっこい。


本日発売の日経エンタで翔くん、「なんか20って数字もどーでもよくなっちゃったんだよなぁ…」って言っちゃった。言っちゃってました。(この言い方想像できすぎて辛い)








え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜わたしの心の支えは???




だけど。



………って思ったのも、実は、ほんっっっっとに束の間だったんです。





もう一度冒頭の言葉に戻ります。

2年前の翔くんは、華々しい20周年のためなら多少の荷物なんて捨てようと思っていた。それよりも燃料を切らさないことのほうが大切だった。それなのに、去年の嵐は絶対に捨てたくない荷物を作ってしまった。そして今もなお、その荷物を捨てずに大切に抱えてしまっている。


ここでの荷物とはもちろん15周年のハワイライブのことを指しますが、それを抱えたままにしておきたいっていう翔くんのこの気持ちをね。「悲しい」って思うファンが、この世のどこにいるんだって話です。いますか。いないですよ。「嬉しい」しかないよ。



確かに2年前と今日の発言に変化はあるけれど、生身の人間を生身の人間が追いかけることの面白さというのは、とりわけここにあると思います。

翔くんだって今はこんなこと言っていても、来年はまた20周年が大切になっているかもしれない。そのくせ再来年にはさらに新しい大切な荷物を作っちゃって、今度は燃料を探しに出かけていくのかもしれない。でもわたしはそれでいい。

翔くんは自分の気持ちに真摯だっていう芯の部分は変わらない人だけど、その「自分の気持ち」本体は変わっていく人だからさ。


そしてそれが、生きている人間らしくて本当に好きです。たぶんそっちのほうが面倒くさいしモヤモヤすることもいっぱいあると思う、けどそっちのほうが楽しいのも絶対。わたしはそれがいい。






「小4で櫻井担になる〜現在」

このつまんないジャニヲタ遍歴ーわたしの自慢ーを保つための支えは、昨日までは"20周年"でしたが、今日からは"捨てたくない荷物"です。

明日にはまた変わってるかもしれないけど、それが、たのしみだな〜♪