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SHIO BEAT

櫻井翔くんだいすき芸人のブログ

櫻葉年表【改訂版】

櫻葉。男子校のノリ、青春真っ只中、夏の代名詞、太陽みたいな笑顔。櫻葉を取り巻くイメージたち。

…だけではないって、知ってましたか?

浅そうで実は深い櫻葉を研究し、まとめてみた櫻葉年表です。
集めた出来事は事実ですがそのときの2人の心情なんかは憶測でしかないので悪しからず。というかほとんど妄想。だから楽しい。櫻葉は分からないから楽しい。


まずは櫻葉ちゃんを三段階にグサッと分けます!

1.櫻井くん期(Jr時代〜デビュー直後)
相葉くんの翔さんに対する呼び方が「櫻井くん」だった時代。ジュニア時代だって共演していなかったわけじゃないのに、見事なまでに絡まない2人。実はこの頃の関係性が今の櫻葉を作っていたりする。

2.翔くん期(デビュー後〜2003年頃)
相葉くんの翔さんに対する呼び方が「翔くん」だった時代。同じグループになったことによって必然的に絡むようになり、徐々にメンバーのキャラも濃くなってきて二人が案外気が合うということに気づき始める。ジュニアのときのままよそよそしい関係でもいいわけがなく、距離を縮めようと試行錯誤する櫻葉ちゃん。

3.翔ちゃん期(2004頃〜現在)
正確に言うと2004年頃はまだ翔くんだったり翔ちゃんだったりします。翔さんの懐の中の人間という立場をゲッチュした相葉くん。二人が見つめ合ったら笑顔、シンパシー感じたら笑顔、どっちかが笑顔だったら笑顔、千葉に連れて行ったら超笑顔。冒頭の櫻葉のイメージはこの時代についたもの。

これをもとに根掘り葉掘り、今日の櫻葉が作られた歴史を自己分析してみました。なんて大袈裟にかっこよく言っただけで実際は事実を並べたまでなので悪しからず、ね。(本日二回目)




第1章◎櫻井くん期

何度だって言います。信じられないくらいに絡まない!

そもそも相葉くんは翔さんより学年は一個下、ジャニーズとしても後輩です。その上人見知りときた。ついでに翔さんは"三秒でキレる男"という異名持ち。

ここで問題。相葉くんから翔さんに声がかけられると思う?思わないですよね(即答)

もう一つの原因は、ジュニアの頃、相葉くんと翔さんは違うグループ(派閥)にいたということです。相葉くんは当時ジュニアのトップだったタッキー派で、翔さんは今は退所した元ジャニーズJr.の小原派。大野さんニノさん潤さんも多少どちらかに偏ってはいたけれど、この2人ほどはハッキリしていなかったし、相葉くんはタッキーが大好きで翔さんは小原くんが大好きだった。当然二人の絡みは極端に少なくなりますよね。


これこそが現在、櫻葉が「男子校のノリ」と称されるに至るキッカケとなりました。


…っえ?なんで?絡まないのに?

そうなんです。絡まないんです。絡まないからこそなんです。絡まないということはつまり、相葉くんと翔さんはジュニア時代に、"先輩・後輩"という関係をしっかりと築いていなかったということです。もちろん名目上は先輩後輩であることに変わりないし、実際相葉くんものちに「(翔ちゃんは)先輩!って感じで近寄れなかった」とも言っています。

ただ2人の間で先輩後輩らしい具体的な何かがあったかって言うと、何もなかったんですよね。2人でこれから関係性を作っていくことに関しては、どうしたってデビュー後になるわけです。

例えばジュニア時代、智くんの背中を見て成長してきた翔さんは今でも智くんの前では後輩の顔をしているし、偉そうな口は絶対に叩かない。例えば年齢は年下でもジャニーズとしては先輩の潤くんに対して、ニノは「松潤」とは決して呼ばない。その結果がJだからよく分からないけどまぁ二宮さんらしいし今はそれは置いといて。

現在、先輩・後輩という関係性を感じさせず、男子校のノリと称されるのは、空白のジュニア時代があったからこそではないでしょうか。同じグループとして、1から関係を築く。それは同じ目線でないと成し得ません。ほんとにまるで絡まないですけど、そう考えるとこの頃の櫻葉ちゃんもけっこう愛おしいです。チュッ。

ちなみにここまで「絡まない」を連呼しすぎて、わたしはすっかり「絡」のゲシュタルト崩壊済みだよ。




第2章◎翔くん期

運命のイタズラってヤツが1999年のあの日、翔くんと相葉さんを同じ船に乗せてしまった。まさかまさかの同じグループとしてデビューです。あり得ない幸せのチケットならぬ、たまたま持ってた奇跡のパスポート、握りし〜め〜たまま〜♪(これぞ出来すぎたシチュエーション)

相葉くんは「元は根暗」とか「友達がいない」とかイメージとは真逆の一面も持っている男ですが、それにときめくヲタがいるとかいないとか、いるんだけど今その話をするな自分。

そう、だけど(仕切り直し)、そんな一面を持っていることも事実だけど、彼の得意技である忍法シャワー室に乱入がデビュー2年後にはすでに炸裂していたことも事実です。予測不能なことが苦手で計画することが大好きな翔さんに対して、相葉くんはどんなことも楽しく笑ってミラクルに変えられる男でした。

そんな相葉くんは翔さんにとってニュータイプ。翔さんは一度懐に入れてしまえば心底大切にする人ですが、逆に言えばそう簡単に他人を自分のテリトリーに入れることもありません。あの人のガードの固さは業界一ですからね知らんけど。でもちょっと芸人とオネエに対してはガードゆるすぎると思うけどね。話が逸れたね。

そんな翔さんにとって、今までに出会ったことのないタイプだった相葉くんは、興味深い分だけ警戒もします。ましてや相葉くんはジュニア時代もほとんど絡まなかった「よく知らない人」なのだから。

でも。相葉くんと翔さんは同じグループです。これから何年もいっしょに道を歩むことになるんだから、俺とお前は運命共同体なんです。ちなみに調べてみたら翔さんは木星で相葉くんは金星でした。土星のネックレス渡せないので花男のオマージュ失敗。
(余談1:ニノは金星だったのでやはりにのあい強し)
(余談2:木星の翔さんの特徴が「困難を乗り越える強い精神力を持った大器晩成型」ならしくて泣いてる)

話を戻します。これから同じグループ「嵐」として歩んでいくにあたって、このままの距離でいいはずがないということは二人とも勘付いていたと思います。お互いのことをよく知らない。ならば知ればいい。話せばいい。簡単なことです。

そうして翔さんは相葉くんをご飯に誘ったりと、距離を縮めようと試みます。

実際しっかり話してみれば、表面的なところの性格は違っても、案外俺ら根っこは似てるんじゃね?好きなものけっこう同じじゃね?服のブランドとか被ってね?あと俺らって嵐の中で唯一の長男じゃね?ほら似てるとこあるんじゃね?のオンパレード。これは後に本人たちが言っていましたが、年齢だって実は1年も変わらないんですよね…。(服のブランド被ってるって言っても使い方が上手い相葉くんに対して使い方が下手な翔さんの話はするなよ。)

櫻葉は言葉と言葉で通じ合っているわけではなく、何も話さなくても通じ合っているわけでもなく、むしろフィーリングで通じ合っている。ちょっとわけわかんないのが櫻葉らしさ。

2001年の「相葉ちゃんと出会って5年、まともに喋るようになって約2年。」という翔くんの発言は、ジュニア時代は本当に喋っていなかったことを裏付けるとともに、デビューしたことによって必然的に喋るようになったことも証明しています。

絶対に隣り合うことはないパズルのピースだと思ってたのに、くるくると方向転換させてみたらあら不思議ばっちり嵌まっちゃった!それが櫻葉ちゃん。

そのようにして少しずつ縮まってきた距離だけど、いっそのこともっと縮めてしまいましょう。そうして翔ちゃん期、2004年の革命がやってくる。



第3章◎翔ちゃん期

事件は会議室で起きてるんじゃない!2004年に起きているんだ!(入力してみたら自分が思ってたよりも文字デカくてビビってる)


ついにやってきた2004年。革命が起きます。2004年の櫻葉革命。ここ!テスト!出ます!

1.24時間テレビの手紙と握手とハグ
2.相葉初めての櫻井家訪問
3.翔ちゃん呼び爆誕

この3点を押さえずして櫻葉は語れない…。

相葉くんの人見知りが完全になくなった瞬間です。すなわち翔さんのテリトリーにズカズカ入り込んでいくのが怖くなくった瞬間。じゃなきゃ、どちらかと言うと「恐れていた」先輩にちゃん付けなんてできませんよね。翔さんも相葉くんのペースに流されるのが楽しくなってきて、今の櫻葉のベースができた年じゃないかしら。

「こんなにバラバラな五人を、うまくまとめてくれてありがとう。」
握手してハグして手繋いで歌う。青くさい春と書いて櫻葉と読む。このフィールドは君たちが輝く舞台だよ。

相葉くんが俺んちのトイレ破壊した!相葉くんが俺んちにアイス大量に持ってきて冷凍庫に入らねぇ!翔ちゃんの部屋まじ汚ねぇ倉庫みたい!現在まで二人が嬉しそうに語り継いでる訪問ネタは全部2004年の出来事です。

相葉「『翔くん今日泊まるよ?』って言ったら、翔くんが『えぇ?!いいよぉ』とかってちょっと嬉しそうに言うからさぁー」
櫻井「嬉しそうになんて言ってねぇよ!」

うわ〜櫻葉や〜櫻葉が櫻葉や〜完成しとる〜(涙目)

冒頭にもちょこっと書きましたが、2004年は翔ちゃんとか翔くんとか呼び方がまだフラフラしてます。この日は翔くんだったらしい。でも明日は翔ちゃんって呼んでたりするぐらいフラッフラ。2005年はもう95%ぐらいの確立で翔ちゃん!翔ちゃん!翔ちゃーん!してます。

このようにして!!現在の櫻葉は完成されたわけです!!!!!!(あくまでも憶測)

ふう。ここまで長かったね。お待たせお待たせ。ヘイヘイ分かったよ〜堅苦しい話ばっかだったもんね。じゃあ行きますか。


櫻葉!愛の!名!言!集!ポロリもあるよ!(ないよ)

急にテンションを変えてお届けします。突然雑。

相葉「唯一翔ちゃんだけ髪切ったの気づいたの!俺翔ちゃんのこと好きになっちゃった。」
相葉「やっと二人っきりになれたね。」
相葉「最近ずっと翔ちゃんと一緒にいる。この間、夢に出てきた。いっしょにゲーセン行ったの。」櫻井「どんだけ俺のこと好きなの(笑)」
櫻井「右手が使えないと小さいこともできない。フォークでお蕎麦を食べて、ズボンも穿けなかった」相葉「だから俺が全部やってあげるから!」櫻井「お前一緒にシャワー浴びたいだけだろ!」(実際翔さんが骨折してたときのメイク係は相葉くん。アイラインがいつもより濃い。)
櫻井「さっきの寝顔とっても可愛かったよ。」
櫻井「相葉くんには元気をもらえます。あいつと話してて横でゲラゲラ笑ってもらうと元気になる。」
櫻井「相葉くんは生きてて楽しそう。それで周りの人も笑顔にしちゃうんだから、太陽みたいな人。」
相葉「翔ちゃんのお母さん。翔ちゃんを産んでくれてありがとう。」
相葉(メンバーを魚に例えると?)「翔ちゃんはサンマ。シャープで美味しそう。」(個人的に萌える)(あとインタビュアーはよくこの質問したな)
櫻井(理想の女性像は?)「優しくって少しバカ」
櫻井(人名を当てるクイズコーナーにて)「無駄に明るい!男なのにキレイ!世界一!いきましょう!相葉雅紀!」
櫻井(メンバーと付き合うなら?で相葉が松本をえらび)「俺は相葉くんと付き合いたかったけどね。」


まだまだありすぎてキリがない、そんな櫻葉の事件簿もどうぞ。

  • 2008年9月18日 肝試し
二人とも怖いくせに「大丈夫?」「俺行こうか?」といいとこ見せようとする。最終的に翔ちゃん!翔ちゃん!翔ちゃん!と泣きつく相葉くんと、そんな相葉くんを背にダッシュで逃げる翔さん。二人で抱きつきながら頑張って立ち向かった記念日。

  • 2011年8月25日 俺の千葉
この一時間の番組内で相葉くんが「翔ちゃん!」と言った回数は約50回でした。今年の思い出を翔さんにいつどこで誰が問いかけようと答えは「俺千葉!!」だから、もう記者さんもはやごめんなさい(何様)。でもほんっっっとに楽しかったんだよね翔さん!相葉くんが泣きそうになったということも呼吸で分かったと言う翔さん。二人の愛が深まった記念日。

  • 2013年4月4日 仲直りのチュー
公共の電波でやりよった!こいつらやりよった!このチューは顔とか傾けなくていいんだよそんなブチュっといかなくていいんだよ!やりよったー!何が萌えるって、翔さんがテレビでチューできちゃうメンバーってたぶん相葉くんしかいないんですよね。大野さんはなんだかんだ先輩だし、ニノとはフザけてお互い上手く流すし、潤たそとは言わずもがなだし。。。翔さんのフードを引っ張るオトコマエ相葉くんと覚悟を決めて振り返るオトコマエ櫻井くん。なのにチュー後は全力で照れるのが可愛すぎる記念日。


さてと。そんなこんなで、櫻井くん期→翔くん期→翔ちゃん期と最近になるにつれてハッピー度が増していく、そんな櫻葉ちゃんの年表でした!
 


◎まとめ
櫻葉が他のコンビと決定的に違うのは、成り行きじゃなく「仕事をする上で仲良くならなければいけなかった」ということ。こう書くと無理矢理仲良くしてるみたいに思えるけど、そんなわけないのは今の櫻葉ちゃんを見ていれば充分すぎるぐらい分かります。ほんとに充分すぎるけどこれからも24時間フルオープンでウェルカムよ!櫻葉の明るい未来に乾杯!!!


以上です!ありがとうございま………し…………?!




……………え?!なに?!「相葉くんって未だに翔さんに対して後輩っぽいときない?」だって…?!ここまでの記事で散々櫻葉の先輩後輩関係否定してきたのに?!?!相葉くんが翔さんに対して後輩っぽいときなんて……………………………あるある〜〜!!あるよね〜〜〜〜!!!いやでもね、わたしは思うわけよ!!昔の名残もそうだろうけど、相葉くんの優しすぎる性格が原因じゃないかなってね!!!!!!(雑)
そして何よりも!!これだけは大声で言いたい!!誰に言いたいって相葉くんに言いたい!!!!翔さんが相葉くんに対して、先輩面をするようなことだけは、ゼッッッッッッタイにないからね!!!!!!だから相葉くん!!!翔ちゃんに「あっちいけ!」って言っても大丈夫なんだよ……!!!!翔ちゃん怒ったりしないよ…………………!!!!!!!!!(@スッピンデジダリアン)




ここまで長々と書いてきましたが語りかけたいのは1つだけ!櫻葉がこんなふうになれたのは、何を隠そうあの日同じ船に乗れたから!だから、運命に心からありがとう!それだけです!


まだ終わんねぇのかよって思うかもしれないけど最後にこれだけは言わせてください!この年表を書いたワタクシは永遠の新規こと華のLove so sweet組こと07年以降のファンなので、06年以前の話はリアルタイムで確認したものではありません。2人の発言などはソースの明確なものを拾い、且つ昔からのファンの方にも確認をとりながら執筆を続けました。それでも中には違和感を覚えた方もいたかと思います。「これは明らかに違うんじゃ…?」と思うところがあればすぐに修正しますので、教えていただけるとありがたいです。ただ、冒頭にも記したように、この年表は「集めた出来事は事実でも2人の心情は憶測」「ほとんど妄想」という自覚のもと執筆しております。ですので、いち嵐ファンの妄想日記として解釈していただけると嬉しいです。いやでもこれは明らかに違うってやつは修正するから!ね!
最後の最後に長々しい言い訳失礼いたしました!



今度こそ終わり!お粗末様でした!


それではみなさん!櫻葉の明るい未来に?!

かんぱ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜い!!!!!!

【備忘録】家族ゲーム雑誌まとめ【啓発され隊】

櫻井翔
櫻井くんのインタビューが掲載された雑誌は自己啓発本と同意語なわけですが、そんな自己啓発本が最近あまりにも発売されないのであのころの発言たちをまとめてみました。



"何でアイドルがラップを?"、"あんな若造にキャスターが務まるのか…"と、そうした声が聞こえてきても、まあまあ、見ていてくださいよと。いつかは結果を出してみせますよって。どこに行っても必ず付いてまわるんですよ。"アイドルのくせに"みたいな視線って。そこには絶対、負けたくないっていうのはあるよね。何て言うか、意地として。
(TVガイドPERSON vol.7)



挑戦は多いほうが楽しいと思うんですよ。
時に今月の、はたまた来年の勝負に負けがあったとしても、それで20周年、30周年のときに笑えるんだったら、ぼっこぼこに負けてもいいのが今だと思うんです。だから今張り続けている勝負はもちろん勝つつもりでやっていますけど、その勝ちによって来年もし消えゆくのであれば、負けることで20周年、30周年笑えるほうを選びたいんです。
(FREECELL 特別号18)



やりたいことをやる自由を得るために、僕には勉強という責任を果たす必要があった。
仕事を始めた当初から今も変わらず、「疲れた」「大変だ」「眠い」「つらい」というのは嫌いな言葉。口にした瞬間、ますますそうなりそうだから、言わないようにしています。
コンサートに来てくださる方がよく「夢の空間」と言ってくれるけど、僕にとっても同じこと。夢を見させてもらえる時間で、この1年がんばろうというモチベーションの源です。
婦人公論 2013年4月22日号)



やるかやらないかの選択肢を迫られたときは、やるほうをチョイスしてきて、いまのところ後悔はないんです。やらなかった後悔のほうが、きっと大きいはずだと思っています。
(anan 2013年4月24日号)



日々、やらせていただいている仕事が"当たり前"になった時点で自分にゆるみが生まれる。いい意味での緊張感を維持するためにも"僕らの仕事は明日にでもなくなってしまう可能性があるものなんだ"という"危機感"を常に持ちながら仕事と向き合うようにしています。
周りの意見や考えに耳を傾けると同時に、自分自身はどうありたいのか、ちゃんと向き合い答えを持つ……。その2つが伴ったときに、人は本当の意味で成長できるんだと思う。
(BAIRA 2013年5月号)



仮に、いわゆるアンチみたいな人たちがいるとしたら、『目に物見せてやる!』って気持ちは常にあって。そういう存在を恐れることは、まったくない。逆に、多ければ多いほどおもしろいと思ってる。
日々の仕事に精一杯取り組むことしかできないけど、その時に、嵐っていうグループにいいものが還元されてるなら、過程の自分はどう思われてもいいかなぁ。
(non-no 2013年6月号)



誰もが年齢やキャリアを重ねるほど、厳しいことを言ってくれる人は少なくなるものだから。そういうぬるい環境になれない自分でありたい。
正直、誤解されることは増えたと思うよ。何気ない発言や行動でも、いろんな解釈をされてしまう。同じことをしても、100人100通りの解釈の仕方があるでしょう?それに…なんていうかな。誰かひとりを満足させることで、99人が悲しむこともあると思うんだよね。(ひとりの願望に応えたら、どこかの誰かを傷つけたりしますよね。)そう思う。それならオレは、ひとりに誤解されても、99人が悲しまないほうをとりたい。
今日の発言が誤解されようと、来年の活動が評価されなかろうと、些細なことなんだと思う。極端なことを言えば、みんなに好かれようとニコニコ笑って来年消えゆくくらいなら、誤解を恐れずに大事なものを貫きたい。
ひとときも『疲れた』とか『今回はユルくやろう』みたいな意識にはなれないし、ならないし、表面だけ取りつくろうことなんてできない。この、夢みたいな毎日をみすみす手放したくないからこそ、ひとつひとつ大切に、納得しながら、未来に向かって進んでいきたいと思う。
(MORE 2013年6月号)



僕は少しでもこの世界で長く走っていたい。今、荷物をたくさん抱えて1年先までしか走れないんだとしたら、その荷物を捨ててでも10年、30年走りたいんです。移ろいゆく"人気"に拠って立つのではなく、相応の"スキル"において強い根を張っておきたい。
「所詮、本業の人には敵わない」というのを言い訳にするぐらいなら、そこにいる権利はない。
勝負をかけてもかけなくてもどっちみち来年消えちゃうんだとしたら、僕は勝負をかけて消えていきたいんです。
日経エンタテイメント! 2013年7月号)










はぁ……………………………。(重すぎる活字の大量摂取により疲労困憊)(この疲労が何よりも好き)(ドM)

このあと、家族ゲームのOA終了を待たずして謎ディの雑誌祭りが始まるわけですが、やっぱりなんとなく雰囲気が違う。本人も自覚してないところで家族ゲームの役柄が影響していたと言っていたけど、そのおかげで翔くんの反骨精神に触れられたサイコーに幸せな3ヶ月間でした!

かと言ってその謎ディ関連の雑誌もサイコーなんだけどね…それが終わると今度は神カル2がはじまるしね…あぁシアワセ…………。


今はこんなこと言ってる櫻井くんですが、櫻井くんのサイコーに魅力的なところは人間味溢れるところです。人間は見たもの聞いたもの感じたもので思うことも変わっていくはずだから、こんなに20年30年がどうのこうの言ってる櫻井くんが、ハワイから帰ってきた瞬間「もう20っていう数字もどうでもいい」って言い切っちゃうとこ、わたしは、好きよ♡


今年も恒例の日経エンタ、よろしくお願いします!!!以上、現場より櫻井くんの言葉担がお送りいたしました。

過去→「現在」→未来(Hip Pop Boogie ChapterⅡ感想)

櫻井翔
時は2016年2月22日。猫の日。あれから5ヶ月が経つ。現場に足を運べなかったので円盤になるのを待ったにしても、発売から2ヶ月近く経つ。ので、今更こんな記事があがるのはおかしいし、今更こんな記事をあげなくてもすでに何人もの人が同じようなことを書いてると思う。同じような櫻井翔マジ神記事を書いてるとは思う。

何の話って、Hip Pop Boogie ChapterⅡ@ブラストin宮城の話ね。



わたしのTwitterをフォローしてくださってる方や、このブログの1つ前のクソみたいな記事を偶然読んでしまった方は知ってるかと思いますが、わたしは先日大学受験を終えました。この1年間アラシゴトを自粛していたわたしにとって、昨年まったく個人の活動をしなかった櫻井クンは本当に空気の読めるナイスガイです。でもそんな櫻井クンが珍しくまったく空気を読まなかった4日間がありました。わたしがどれだけHip Pop Boogieを大切にしていて、どれだけ居合わせることに重きを置いているかも知らずに……。(知るか)

我慢ならずレポを見てしまったわたしは、って私の懐古はどうでもいいんですけど(合否発表より泣いた)。なんせ自担が空気を読まないので、わたしも空気読むのやめた。

BLAST開催から5ヶ月、DVD発売から2ヶ月、今、このタイミングで!!!!!!記念すべき猫の日に!!!!!!Hip Pop Boogie ChapterⅡの感想書いちゃうよ!!!!!

ただどうせ書くならわたしも櫻井翔のリリックオタクですからね。重いよ。




2008年。嵐8枚目のアルバム「Dream"A"live」が発売された当初、このアルバムに収録されている「Hip Pop Boogie」について、翔くんはこんなふうに言っていた。
全篇ラップの曲なので、聞いた印象としては今までの集大成なんて思うかもしれないですけど、あくまでもこれは、集大成という意味での最終形態ではないんです。
このHip Pop Boogieには、以前の嵐の楽曲だけでなく、翔くんの「ペンの指す方向」という未収録曲をスクラッチしている部分があったり、オリジナル曲からの繋がりもふんだんに散りばめられている。それが2008年、10周年を目前にしたタイミングでCDとして発売されるとなると、やっぱりなんか、「集大成」感がある。その感覚は実際わたしも感じていたし、何よりわたしは、2008年、初の国立、7万人の観衆のど真ん中でこれを歌う翔くんこそ、櫻井翔の真骨頂だと思っていた。それこそ昨日まで思っていた。

けど、それは違う。この曲は、「今このタイミングでやりたい曲がこういう感じだった、ということでしかない」。当時から翔くんはそう言っていたのに、自分の認識の甘さを痛感した。

2013年のアラフェスで、ファンのリクエストに応え「Hip Pop Boogie」を再び国立で披露したあのとき、たしかに歓喜し、興奮し、感動したのに、漠然と2008年のやつには敵わん!!と思っていた。それで当たり前だった。だってあれは、2008年の翔くんがあのタイミングでやりたかった曲なんだもん。それに敵うはずがない。

そして2015年、Hip Pop Boogie ChapterⅡ。これは2015年の翔くんが、このタイミングでやりたかった曲だ。間違いなく、"今"の櫻井翔の真骨頂だった。


翔くんはこのHip Pop Boogie全編を通して、「今」を書いている。過去の話をしないというわけではなく。未来に目を向けないという意味ではなく。

「今」の櫻井翔が見た過去、「今」の櫻井翔が見る未来、それを書いている。だから、熱い。


わたしが個人的に一番面白いと感じた歌詞の変化は「道がないなら創ればいいその先例え果ててたとしても」→「道がないなら創ればいいその先果てない道歩いてこう」の部分。

理由は明快で、というのも今回のChapterⅡ、表現の変化はあっても、広い意味では同じ部分が多い。一方いま私があげた部分だけが、根っから意味に変化が見られる。だって、前はその先に果てがあるかもしれないって思ってたのに、今はもう果てない道って分かってるんだよ。

2008年「いま時代が手の中に!」と拳を突き上げ、まさに今栄光を掴んだ翔くんはしかし、その続きをまだイマイチ分かっていなかった。でもこの7年、翔くんはその先を見てきた。結果分かったことは、道は果てしなかったということだった。

でも変わってない。翔くんはなんにも変わってない。道に果てがあろうがなかろうが、わたしはそんなんどっちでもいいんだよ。「道がないなら創ればいい」。その気持ちさえ変わっていなければ、そんなんはどっちでもいい。


2008年と2015年で変化した部分も素敵だけど、変わっていない部分がほんとに愛しい。

「ステージ上終身雇用」

ここを変えられたらわたしは生きていけないし、こうある限り、ずっと翔くんが好きなんだと思う。


翔くんはこうなりゃもう後ろを振り向かないらしいので、わたしも後ろは振り向きません。とりあえずTwitterのヘッダー、ずっと2008年のHip Pop Boogieだったけど、2015年バージョンに変えようかな。

今の翔くんが、今までの翔くんのなかで一番好きです。未来の翔くんはもっと好きです。ビジュアルは2008年〜2009年にかけての冬が好きですよ。


こんな大の大人がさ、大きな愛抱いたり願いたい未来また描いたりするのって、めちゃくちゃ、夢があるね!!!!!




※こんな記事を読んでくれている人で、まさかいないとは思いますが、もしペンの指す方向を聴いたことがない方がいればこの機会にぜひ聞いてください。

大学の卒業を描いたchapterⅠ、その後の未来と葛藤を描いたchapterⅡ、そしてアイドル櫻井翔の決意を描いたchapterⅢがあってHip Pop Boogieに繋がります。

個人的にはchapterⅡ、Ⅲが好きやな〜って話していい?まだ終わらないのって思った?いい??


わたしは常々、翔くんは「未来は過去の積み重ねでしかない」の体現者だと思ってるんだけど、chapterⅡはそれをよく表してくれている。

チャイムで即で、終われば夜で、ベッドなんかより机でよく寝て、レールが2本に増えても、甘い誘いが異常に増えても、蛍が示した道を進んでいたから、散りばめた点はだんだん線になってきた。やがてライト一身に浴びる脇に立っていた翔くんは、「今ここで俺はライト浴びる」ようになる。


そしてchapterⅢ。

「君が机の上なら  俺は光射すステージの上から」


翔くんの人生がいつだって背中を押してくれます。YOUR LIFE IS YOUR MESSAGE。

Hip Pop Boogieを聞くときは、ぜひTheme of ARASHI、ALL or NOTHINGから続く翔くんのリリック、そしてペンの指す方向を合わせてどうぞ。きっと今までと聞こえ方が違うはずです♡



覚え書き

まじ久々にこんなに泣いた@塾のトイレ

ブラスト初日を終えてレポ漁ったら即これ。3年前の高校受験のときも同じことしたでワイ。

ちな大号泣でいうと前回はハワイパブビュ、前々回はフィフィ、その前は神カル初日、わたしの感情をこんなに揺さぶるのはどう考えても櫻井翔ただ1人である…。


後悔しないために宮城に行かない決意をしたけど、「あれをわたしが見なくて誰が見るんだろう」という最大級の自意識過剰とともに後悔なう。こんなに泣いてアホなブログ書いてるぐらいやったら宮城行ったほうが良かったんちゃうん。とすら思いました。


でもでも、だからこそ、もうわたしにできることは我慢してよかったんじゃないかとおもう結果を大学受験で出すことしかない。翔ちゃんはもう花を抱えてるけど、わたしは今年にせっせと種を蒔くんやな〜。


翔くんがいっぱい見せてくれた強さも、いっぱい与えてくれた糧も、いっぱい示してくれた道標も、わたしはめちゃくちゃ大事にしているし、したいし、それらがそこらへんの受験生に負けてるとは到底思えないのよ。わたしはこんなに大きい人が好きで、こんなにいろいろ教えてもらって、それでいて周りの人に負けていいわけがないよね。負けるわけがないよね。だからそれを証明せねばならんのです。わたしがどれほどか見せてやるよ…


がんばれ!わたし!!
なにこの記事!!!


以上です。たまたま読んじゃった人ほんとすみませんでした。お粗末様でした。

抱え込んだまま行こう

櫻井翔
今日の発言が誤解されようと、来年の活動が評価されなかろうと、些細なことなんだと思う。そこで離れていく人がいても、華々しい20周年があればそれでいい。今、荷物をたくさん抱えて1年先までしか走れないんだとしたら、その荷物を捨ててでも、10年、20年走りたい。

っていうのが、2年前の翔くんの発言です。




よくTwitterとかで見かける「わたしのジャニヲタ遍歴」的なアレ、わたしがやったらものすごいつまんなくなるんですよね。

「小4で櫻井担になる〜現在」。以上。

このブレなさはわたしの自慢でもあったのですが、今年の頭、はじめて、ほんのちょっとグラつきました。降りるとかそれほどではないけど、ていうか降り先ないし、たぶんほんのちょっとのブレなんだけど、はじめてだったから動揺したのよね。

そのとき支えにしていたのが冒頭の言葉です。15周年が想像していたものの何倍も宝物になったから、20周年はこれ以上のものが味わえるんだと思ったらやめられるわけないじゃんって。


ところがどっこい。


本日発売の日経エンタで翔くん、「なんか20って数字もどーでもよくなっちゃったんだよなぁ…」って言っちゃった。言っちゃってました。(この言い方想像できすぎて辛い)








え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜わたしの心の支えは???




だけど。



………って思ったのも、実は、ほんっっっっとに束の間だったんです。





もう一度冒頭の言葉に戻ります。

2年前の翔くんは、華々しい20周年のためなら多少の荷物なんて捨てようと思っていた。それよりも燃料を切らさないことのほうが大切だった。それなのに、去年の嵐は絶対に捨てたくない荷物を作ってしまった。そして今もなお、その荷物を捨てずに大切に抱えてしまっている。


ここでの荷物とはもちろん15周年のハワイライブのことを指しますが、それを抱えたままにしておきたいっていう翔くんのこの気持ちをね。「悲しい」って思うファンが、この世のどこにいるんだって話です。いますか。いないですよ。「嬉しい」しかないよ。



確かに2年前と今日の発言に変化はあるけれど、生身の人間を生身の人間が追いかけることの面白さというのは、とりわけここにあると思います。

翔くんだって今はこんなこと言っていても、来年はまた20周年が大切になっているかもしれない。そのくせ再来年にはさらに新しい大切な荷物を作っちゃって、今度は燃料を探しに出かけていくのかもしれない。でもわたしはそれでいい。

翔くんは自分の気持ちに真摯だっていう芯の部分は変わらない人だけど、その「自分の気持ち」本体は変わっていく人だからさ。


そしてそれが、生きている人間らしくて本当に好きです。たぶんそっちのほうが面倒くさいしモヤモヤすることもいっぱいあると思う、けどそっちのほうが楽しいのも絶対。わたしはそれがいい。






「小4で櫻井担になる〜現在」

このつまんないジャニヲタ遍歴ーわたしの自慢ーを保つための支えは、昨日までは"20周年"でしたが、今日からは"捨てたくない荷物"です。

明日にはまた変わってるかもしれないけど、それが、たのしみだな〜♪


今、伝えたいこと

作文コンクールに出品したものですが、どうせテーマが「伝えたいこと」なのでこちらにもUPすることにしました。




私には、10歳年上の友人がいる。それだけ歳の離れた彼女と私を繋ぎ合わせてくれたのは、あの人気アイドルグループの「嵐」だ。彼女は嵐が好きで、私も嵐が好き。たったそれだけの出会いだった。

その彼女は、耳に障害を抱えている。左耳は全く機能しておらず、補聴器を埋めた右耳から拾ったわずかな音で生活をしているそうだ。彼女は絶望したと、その時の話をしてくれた。2年半前、いつものように目を覚ますと周りの音が一つも聞こえてこなかった。原因も分からない。分かったことは、これから自分は不自由な生活を強いられるということだけ。だけど、生活が困難になることよりも何よりも彼女が辛かったことは、大好きな音楽が聞けなくなってしまったことだったそうだ。

そんな彼女を励まそうと、彼女の友人はあるプレゼントをした。それが、嵐のコンサート映像を収めたDVD。彼女は瞬く間に引き込まれていった。キラキラと輝く衣装を身に纏い、一糸乱れぬダンス、さらにはワイヤーなどを使った壮大なアクションを繰り広げるその姿。大空に舞い上がる何万個もの風船、何万発もの花火、そして噴水。それに酔いしれ黄色い歓声をあげ続ける観客たち。相変わらず、音は聞こえてこない。だけど、これなら、目があれば十分だ。彼女が絶望の闇の中で見つけた希望の光だった。

彼女は音のない世界でいつも笑っている。嵐を好きになり、そこで新たな友人と出会い、素敵な人に囲まれ、自分は幸せ者だ、と。改めて私は、幸せほど他人の尺度で図ってはいけないものはないと痛感した。耳が聞こえないことを人は不幸だと言うのかも知れない。しかし、そのおかげで素敵なものに出会えたことを、彼女は幸せだと言って笑うのだから。

もし、今、絶望の闇に迷い込んでいる人がいるのならば、私は伝えたいことがある。そこには本当に闇しか広がっていないのか。目を凝らして光を探そうともせず、端から諦めて目を閉じてしまってはいないか。どんな闇にも光は射すはずだ。どんな闇でも自分こそが光になりたいと願う人は存在するはずだ。そうやって今までも、どうにか歩いてきてこれたことを思い出してほしい。どうか、諦めること以上の闇は存在しないということに気づいてほしい。

2014年以降に発売された嵐のコンサートDVDには、ある新機能がついた。字幕モードのオン・オフの切り替え設定だ。その機能により、歌詞だけではなく、観客に向けた煽り、中盤で行われるMCなどの全てに字幕を表示することが可能になった。これでもっと楽しめる。彼女は嬉しさのあまり泣いてしまったそうだ。

絶望の闇の中にいた彼女に、嵐はまた、眩しいほどの希望の光を与えたのだ。   

味方

櫻井翔
2014年、6月に発売された日経エンタテイメントでの翔くんの発言は大きな波紋を呼び、櫻井翔のファンを称する人でさえ一部は非難をした。その後彼がニュース番組で解説した内容が発端となり、何とも大人気のない「あぶり出し」が行われた。選挙の特番に出ると偏見の塊の目を向けられ、オリンピックのキャスターをすると運動音痴がと笑われる。コンサートの演出は5人の総意だと力強く主張したときは、「そうやって逃げるんだ」と理解しがたい一言で片付けられた。昔に比べると減ったと思っていた敵が、案外今もたくさんいることに散々気づかされた2014年でした。

もちろん翔くんにだって短所くらいあることは認めています。だけどわたしは翔くんが好きだから、認めていないことに関してはそれなりに腹も立ってしまいます。悔しくてちょっと泣いたりもした。けれど、敵を、翔くんに知られたくないと思ったことだけは、本当に一度もない。

わたしは今まで、わりといろんな翔くんの表情を見てきたつもりです。顔を全部崩して笑う顔も、こっちが震えるくらいの真摯な目も、泣けないあの人が鼻を赤くした一瞬も。全部大切で全部覚えてる。だけど、わたしが一番好きなのは、たまらなく好きだって思うのは、翔くんが高い壁を越えるときにする顔なんです。眉毛をキュッとあげて、口をへの字に結んで、ちょっと厳しい、だけどかっこいい、あの顔なんです。すこし踏ん張るときの翔くんが、やっぱり一番かっこいい。

敵がたくさんいればいるほど、その数だけ、わたしは翔くんの一番好きな表情を見ることができる。なぜなら翔くんは踏ん張ってくれるから。壁を越えてくれるから。

翔くんにはまだ伸びしろがある。ファンとして、こんなに楽しみなことはないと思うのです。

未来は今以上。

だから、だから翔くんには敵を知ってほしい。それで怯む人じゃないことくらい知ってる。越えてみせようって覚悟を決めることができる人だってことくらい知っているからです。


だから、33歳の翔くんへ。
また、あの顔が見たいな。


けれど翔くんに知っていてほしいのは、なにも敵がたくさんだってことだけではありません。思うように敵は減らないけど、思った以上に味方はいる。恐いことなんてきっとないよ。

もう33歳だから、昔みたいに突っ走ることはできなくても、止まらずに、慎重でもいいから、どうか、恐れずに、優等生になんかならないで、前だけを見ている翔くんでいてください。それだけで、もう十分わたしの大好きな櫻井翔くんです。


翔くん、33歳のお誕生日本当におめでとう!



「未だに、本当にこれでよかったのか分かってはいません。でも悪くはないって思えるよ。思えたよ。」

32歳の翔くんはそんなことを言っていましたね。だったらわたしは、翔くんが本当にこれでよかったって思えるまで、いつまでだって、味方でいるよ!