SHIO BEAT

櫻井翔くんだいすき芸人のブログ

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過去のブログを読んでくれたことがある方とか、わたしのTwitterをフォローしてくれている方なんかは分かるかもしれませんが、わたしは「優しい翔くん」に寂しさを覚えるとクソ重文章を書いてしまう傾向があります。

優しい翔くんも好きだ。でも、「ya so cute二番煎じ」と睨む翔くんにどうしたって胸が震えてしまう。スーツ姿もかっこいいけれど、国立のど真ん中で「今時代が手の中に!」と高らかに叫ぶ翔くんが忘れられない。厄介な性質。過去の記事を読んでみてもラップのことを延々と語ったり、キャスター業に力入れすぎてね?とかほざいたり、何なら刺激が足りねえよ!って一瞬担降りまでしてる。CSRとわたし、どっちが大事なのよ…!?みたいな。「翔くんは優しくなんかない」というタイトルの分かりやすすぎる記事まで書いてますね。とんがってますね。この記事けっこうお気に入りなんですけどね。


ところで、去年の夏頃、ちょっと物騒な事件、っつーか替え歌が流れた。わたしは彼らのことも好きだしそこについて言及するつもりはないんですが、彼らが翔くんの司会番組「音楽のちから」に出演したときのことは言及させてください。翔くんは開口一番明るい声を出し、一人一人に「よろしくね」と握手をした。このときの翔くんの行動はけっこう賞賛されていて、それはまぁ良いことなんだろうけど、「怒りを隠して」とか「笑顔の裏で」とかそんな枕詞がついていたことがどうしても解せなかった。本当は怒っているけど表に出さず大人の対応して偉いとか……そうかな。たぶん。たぶん翔くんはほんとに怒ってないんだと思うよ。テレビだからとか、大人だからとか、そんなんじゃなく。嵐だから。「がんばれよ」という言葉に他意なんてあるはずもなく、本気で後輩のこれからを応援しているんだと思う。だって翔くんは天下無敵の嵐だから。


やっと、やっと分かってきたことがあるんですけど。わたしは優しい翔くんに物足りなさを感じていた。けど、違う。翔くんは優しくなれたのだ。優しさは強さの上にある。強さを経て、優しくなったのだ。わざわざ睨まなくても誰も真似なんてしないから。わざわざ大きな声なんか出さなくても時代があなたの手の中にあることなんてみんな知っているから。

あの強さを経て今の優しさに辿り着いたことが実は一番強い。今回のアニバーサリーツアーでさ、COOL&SOULが流れたとき。もうそりゃわくわくで2018年版「ya so cute二番煎じ」を待機していたんだけど。翔くんはそんなわたしの期待を裏切って「笑うぜ最後には」と歌ってきたんだよね。いやなんかもう自分を恥じたよね。今の翔くんに「ya so cute二番煎じ」なんて言わせようとした自分を。

翔くんが揶揄する相手なんてもう誰もいない。そんなんもうどーでもよくなった。嵐が最強になったから。

最強になった嵐は、柔らかく温かく、どこまでも優しくなった。そして翔くんはいつも笑っている。4人といっしょに、いつも笑っている。それが一番かっこいい。



だけど、そんなふうに優しくなった翔くんが、しかし20年前からずーっと変わらず優しくしている人がいる。
わたしだ。わたしたちだ。


翔くんはおそらく、「20年」ということにわりとこだわりを持っている。15周年を迎える前なんかは、ハッキリと「今日の活動が評価されなかろうと華々しい20周年があればそれでいい」「20周年を盛大にお祝いできるように逆算して動いてる感じ」なんて言っていた。ちなみにハワイから戻ってきた彼は 「なんかもう20っていう数字もどーでもよくなっちゃった!」とか言いやがった。かわいい。まぁそれでも、過去あれだけこだわっていた20周年に何も思わないわけがないし、そうでもなくても翔くんはけっこう記念日とかを大切にしてくれるオトコだ。結婚したいですね。

記念日を大切にしてくれる翔くんは、自分以外の人の記念日さえ大切にしてくれる。先輩の20周年とか、後輩の10周年とか、折に触れて「おめでとう」と言う。そして必ずこう付け足す。「ファンの皆さんもおめでとう」。


20周年を迎えた嵐は各所でいろんな人に祝われるだろう。だけど翔くんはおそらく、わたしたちも祝われるべきだと思っている。別にいいのに。全部好きでやってることなのに。わたしたちが「おめでとう」と言われることなんて本来なにもないはずなのに。それでもあの人は祝われるべきだと思っている。翔くんとはそういう人だ。

翔くんがわたしたちを祝う手段。5×20の挨拶とか、この前のオトノハとか。俺はちゃんと見てるよ。俺はちゃんと分かってるよ。みんなも分かってるでしょ?そういう、言葉。というか愛。


しぬほど嬉しかった。


けどね翔くん、そんなこと言われなくても分かってるよ。他の誰が分からなくたってわたしたちだけはぜんぶ分かってるよ。わたしたちが分かってることだって翔くんは分かってくれてるでしょ?ついでに言うと、わたしたちが分かってることを翔くんが分かってくれてることもわたしたちは分かってる!

にほんごが難しくなってきたけど、まぁ全部分かり合えてるって話だ。


だからわざわざ言う必要ないんだよ。でも翔くんは言うんだよ。「俺のファンは分かってくれてると思うけど」ってつけて。言うんだよ。分かってない人たちに言うんじゃないよ。分かってるわたしたちにわざわざ言うの。

ドームに集まっている5万人の中にはいろんな人がいることなんて翔くんが一番知ってるはずなのに、翔くんのうちわを持つわたしたちにだけ言うの。言わなくても分かるわたしたちにだけ言うの。

「きっと見てくれるであろう誰か」がたくさんいることも知ってるくせに、「必ず見てくれているあなた」に向けて言うの。「あなた」はそんなこと言われなくても分かってるのに。分かってるのに、言うの。

もうそれは、翔くんの、わたしたちに対する「ファンの皆さんもおめでとう」でしかなくて。ファンも祝われるべきだっていう翔くんの想いが、いつもの「ファンの皆さんもおめでとう」という第三者の言葉としてではなく。「私」と「あなた」として。

翔くんはわたしたちを祝ってくれる。わたしたちが1番ほしい言葉で、祝ってくれる。

翔くんは、ずーっと優しかったんだけど。20年前から、わたしたちには変わらずずーっと優しかったんだけどさ。でも20周年だから。記念日だから。この20年間の、翔くんと、わたしたちの、思い出の答え合わせ。それが翔くんからわたしたちへのプレゼントだった。

それにしても20年越しのプレゼントって。温めすぎ。伏線の回収が盛大すぎ。いくらなんでも記念日を大切にしすぎだ。そしてそんな翔くんが好きだ。



翔くんは普段、愛してるとか好きとか言わないし、日常のちょっとしたサプライズとかも苦手だし。記念日が過ぎれば、こんなふうに言ってくれることはたぶんあんまりなくなる。

でも、だいじょうぶ。
だってわたしたち、言われなくても分かってるから。




翔くん、お誕生日おめでとう。
こんな素敵なプレゼントをありがとう。
しぬほど嬉しかったよ。




まぁそんなこと、言われなくても分かってるんだろうけど。