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SHIO BEAT

櫻井翔くんだいすき芸人のブログ

翔くんは優しくなんかない

櫻井翔

翔くんは昔から、本人の意図だったりそうじゃなかったりするんだけど、なんとなく周囲の風当たりを受けちゃう立場になることが多い。

祖父母の家に行きゃあ“いつ辞めるんだ”って言われ続けてましたし…親も黙認という形だったかもしれない。

ジュニア時代、そしてデビューをしてからも家族に芸能活動を反対されていたのは有名な話。テスト期間になるとジュニアの活動を休んで、戻ってくると立ち位置が下がっていたのも有名な話。

どこでもマイノリティーだったっていうか…。学校でいうと、やっぱ、"俺、ちょっと違うな…"って思う瞬間があったし。で、学校終わって、児童館に行くと…制服着て、そこに現れるヤツとかいない訳よ。そこでもまた違うなぁって。それで、ジャニーズ入ると、やっぱその…なんか違う訳。どこ行っても、やっぱ浮くんだよ。

キャスターを始めると、ジャニーズがキャスターという異例の抜擢にやっぱり風は強くて。いつも何かと戦っている翔くん。
それはたぶん、今でも。


でもねわたしは、心から主張したい。
そんな翔くんは、全然可哀想なんかじゃない。
芸能活動を反対していた翔くんの父は、昨年「息子は今後あと30年、仕事をしていかなくてはなりません」と言った。立ち位置を下げられた桜井少年は、なんとデビューしたよ。マイノリティー?今の櫻井翔が所属する嵐は、マジョリティー中のマジョリティー、メジャー中のメジャー、日本のポップカルチャーど真ん中に位置する。批判されていたニュースキャスターは10年続いた。

だからわたしは、翔くんのことを“ただの優しい人”にする人が許せないんですよ。あんな反骨精神バリバリな人が、反対されたことを覆さないわけがないじゃん!あんなめんどくさい人が、違和感を感じたことに物申さないわけがないじゃん!あんな強い人が、批判されたことをそのまま放置しておくわけがないじゃん!翔くんはそんな、ただの、ただの優しい人じゃないよ。

っていうのを、この頃めちゃくちゃ思うのです。たとえば日経エンタでの、例の「そういうファンの人の文化には目を逸らし続ける」という発言が、なぜか「翔くん自身は良く思ってなくても目を逸らしてくれるんだ」というところに発展し、最終的に“優しい”と解釈されることも、わたしには違和感でしかなかった。今回はコンビ萌えという話の中で語られたけど、この発言は以前翔くんが言っていた「移ろいゆく“人気”に拠って立つのではなく、相応の“スキル”において強い根を張っておきたい」という言葉と同義だとわたしは思う。“目を逸らす”というのは黙認だとか優しいとか、そういう次元の言葉じゃない。ファンの人のニーズにただ応え、ファンの人を喜ばせるためだけに行動するアイドルにはならない、という意味だと思う。もちろん翔くんはこのインタビューではそんなつもりで言ってないんだけど、あの人の根底に、魂に、いつもそういう心意気がある。

貶し風潮が終わりつつあるのは万々歳なんだけども、優しくて控えめで、保護されるべきものとして扱われるぐらいなら、たぶん貶されるほうがあの人にとってはマシだ。もちろんわたしは嫌だけど(笑)


翔くんが優しいときは、翔くんが一歩引くときは、翔くんが我慢するときは、翔くん自身がそれが最善だと思うからそうしてる。それは翔くんの意志であって、迫害を受けているわけではない。翔くんはそれを許すほど優しくなんかないです。


だから、どんなときも、どんな立場でも、いつも必死で戦っているあの人を、そして必ず勝負に勝ってくるあの人を、どうか可哀想な人にしないでほしい。翔くんは強い。この世界に立っているとき、翔くんはきっと誰よりも強い。

何よりもわたしは、そんな翔くんの強いところが、泣きたくなるくらい好きです。大好きです。

翔くん、お誕生日おめでとう。
きっとこれからもまだまだいろんな壁が立ちはだかると思う。わたしたちが押し上げなくたって超えていける翔くんは誇らしくてたまに寂しいけど、わたしたちの声もちゃんと糧にしてくれる翔くんは、本当は誰よりも優しいよ。
そして、壁を越えた先、わたしたちにもちゃんと笑顔を見せてくれる翔くんが、本当に誰よりも大好きだよ!